上回回上海的时候朋友死活要我买了一本书"杜拉拉升职记",说是非看不可,绝对有货。
回来东京就利用通勤的那段时间,每天揣着上下班,慢慢地开始读。。。渐渐地读的速度快了。。。更快。。两天功夫读完。
在读的过程中,就好几次忍不住在车厢里"扑哧"地笑出声来,或者忍不住地欲拍大腿(在脑海里已是几次拍了过去)。
李克,可称是个名不见经传的作者,竟然把这本小说写地如此切入生活,绘声绘色,仿佛杜拉拉就是我边上的同事,她的酸甜苦辣,都早已向自己倾诉一般,读着感触颇深。

有几道秘籍,非拿出来晒一下不可。
其一:当机遇来临地时候,必然是伴随着压力而来。
其二:官僚的定义,就是"该做决定时思考,遇到困难时授权"。
其三:You deserve it的定义,中国人表达褒义的时候,就说"名至实归",表达贬义的时候,则说"罪有应得",俗称"活该";在英语里就不分了,都说个"you deserve it"!大意就是因为你干了什么,然后你因此得到了相应的结果,重在强调因果关系,都算是"你应得的"。
其四:为什么要辛苦为职场中人,就是为了"自由自在地活"。中产阶级的口号-"财务自由"。
其五:什么样的工作算好工作
      -首先是要选择一个好的行业,所谓好的行业,是其产品附加值高的行业;
      -然后是好行业中一家好公司,它应该具备持续赢利能力的牛B的公司;
      -在这样的公司里,要找到一个好的方向,即实现利润的最关键环节,比如销售或研发;
      -得跟一个好老板,好老板的其中一个指标就是老板本人得"强",如果跟了弱势的老板,你的前程很容易就跟着被耽搁了;
其六:有的时候,你即便心安理得,也可能已经做了不道德的事情。
其七:千万不要挑战领导的妥协能力,否则,他会Wish you a bright future!

等等

秘籍过多,无法一一细数。其中拉拉30岁的那段爱情故事也让人为之牵动。

如果有同样读过这本书的朋友,也很想听听你的感想 

成功のオーラ

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先週末に東京在住の中国人の友達12人と上越国際スキー場に行ってきました。

この12人はみんな、中国また日本で有名大学卒のバックグランドを持ち、今は大手広告代理店、グローバルIT企業、証券会社、アメリカ公認会計士、大手家電メーカーなど、いわゆるトップ企業に努めているエリートたちです。

夜の2次会(幹事部屋で集まる)で、「本音ゲーム」の時に私が皆に2つの質問を投げかけてみました。

一つ目の質問は、大きなチャンスが訪れる時に、あなたは半分そのチャンスを絶対見逃したくない、手に取りたいと思い、半分そのチャンスをつかむことで予測付かないリスクも大きいかもと、諦めようかと相当悩んでいる。一般論として、あなたはその場面で、どっちを取るか?

実は、同じ質問を日本人の友達何人かにも聞いたことがあります。普通に考えると、大きなリストが伴うなら、無理にチャンスをつかむ必要はないと思われるでしょう(高い買い物をする時に、悩むならやめるべきという説があると同じ)。結果としても、日本人の友達の大半は安全な選択肢を選んで、そのチャンスを見送ると言いました。

二つ目の質問は、あなたの今までの人生の中で、自分の人生やキャリアに大きいなプラス的な影響を与えるチャンスや転機が訪れた時に、ちゃんとそのチャンスや転機を掴んだと思う人は何人いるか。

ここでいったん休憩します。今の2つの質問を読んだあなたも、自分の頭の中でそれぞれの答えを用意しましょう。

 

では、この12人の回答を紹介しよう。

一つ目の質問に対しては、12人のうち10人がリスクが大きくてもBigチャンスがきた時につかむと回答。

二つ目の質問に対しては、12人のうち9人が既に人生やキャリアに大きなプラス的な影響を与えるチャンスや転機を掴んだと回答。

つまり、3分の2以上の人がチャンスに対して、非常に積極的で、大胆にチャレンジする精神を持っていることが分かりました。また、みんなは自分のこれまでの人生やキャリアに対して、非常にポジティブに評価していることも分かります。

同じ質問に対して、Yesと答える人は何となくいきいき、前向きに、幸運に恵まれやすいキャラだと感じました。それは錯覚ではなく、それは一種の自信と大胆さ、チャレンジ精神があったから、そういう風に見えましたし、実際そのオーラが、彼らを成功に導いたような気がします。

年賀状

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あけましておめでとうございます!正月と言えば、皆さんは何を思い浮かべますか?

帰省、初詣、福袋、おせち料理、紅白歌合戦、箱根駅伝、年賀状、お年玉、おもち、そば・・・たくさんありますね。

年賀状、毎年送ってますか。毎年、恒例行事のようにインクジェット紙の年賀状を買って、1年間お世話になった人々、ほとんど連絡していなかった友人たち、来年もお世話になる人々など、自分なりにデザインを凝らして、気持ちをこめて年賀状を作ります。

写真付きの手作り年賀状を見るのが大好きです♪ 年賀状を通して友達の生活ぶりが分かります。自分の年齢と関連していると思いますが、幸せな家庭を絵にしている年賀状が本当に多くなりました。かつての独身友人が、いつの間にか1児のママやパパになり、1児のママ/パパが2児のママ/パパに昇進し・・・人生の変化はこの小さな年賀状で詰まっていて、なかなか面白い作品です。

年賀状のおかげで、知り合いや友人とのつながりが保たれて、自分にとって年賀状は日本での生活の一部になりました。

中国では、かつて旧正月の前に新年挨拶のカードを送る風習がありましたが、近年手書きのカードよりも、メールでEカードを送りするのが主流になりました。

私は、年賀状のような少し手作りの要素を取り入れた挨拶の方法が好きです。中国でも、このような挨拶文化が継続してゆけばいいですけどね。

協調性

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最近市場全体の不況で、私のいる会社も少しずつ人員削減の話しが出てきました。それはかなりの数字の予算カットが本社から求められてきて、マーケティング活動や一般経費を緊縮するだけでは到底満たせない数字なので、人件費のカットを考えざるを得ないそうです。

その時に、どんな人が最初に辞めさせられるのかが、誰もが知りたいところです。

グループの本部長と話す機会があって、彼女から言わば、仕事の能力はもちろん大事ですが、周りの人々と協調してひとつの目標に向かって頑張れるかどうかも大きな判断ポイントになります。

では、協調性というのは、具体的にどう理解すればいいんでしょうか。

・自分の仕事スタイルや価値観の違う人とでも、うまく付き合えること(努力が必要。少しの辛抱強さも必要かも)

・会社の飲み会やイベントを最低限に参加すること(どこに行っても、飲みニケーションが通用らしい)

・同僚たちに関心を持つこと(相手のことをもっと知ること。そうすると自然にみんなと仲良くなる)

・他人の成績を褒めてあげること(自分もそうされたいなら、まずそうしないと)

・可能な限り、他人の仕事を手伝うこと(どんな小さいことでも、相手がきっと覚えてくれる)

・他人のミスを許せるなら、許してあげること(特に相手が既に認識した時、追い詰めない)

 まだまだありますが、今日はとりあえずこれぐらいにしときましょう。

2008年を振りかえてみると、仕事においてもっとも印象に残ったのは、今年の2月に会社のパートナーズカンファレンスで、東京と大阪を合わせて350人の参加者の前で、30分間のプレゼンテーション(プレゼンと略)をしたことです。

このプレゼンのために、私は4か月も準備しました。「プレゼンの準備って、4か月もかかるの?」とあなたが疑問に思うかもしれません。でも、私はそれぐらいの時間をかけて、いろんな準備と練習をしてからこそ、誇りに思うプレゼンができ、会社の中でも高く評価される結果になりました。

まず、そのプレゼンの参加者350人は全員広告代理店またはメディアレップ*(媒体社と広告会社の間に立ち広告枠の販売をする企業)の方々です。当時、オンラインビジネスの世界に入ってまだ2年足らずの私から見て、参加者がプロフェッショナルの集団です。しかも、100%日本人です。彼らを相手に、自分が作ったプレゼン資料にうなづいてもらえるのか・・・と不安いっぱいでした。

次に、このカンファレンスのスピーカー(講演者)のほとんどは会社の取締役や執行役員、またはグループのディレクター(日本企業の部長クラス)かシニアマネジャーでした。自分がスピーカーに選ばれたのも、実は偶然でした。自分の上司(シニアマネジャー)がちょうどその頃産休に入ろうとしていて、お腹がかなり大きくなったこともあり、ステージに上ることに少し躊躇いていました。そんな状況で、資料作成の私が代わりに発表してくれないかという話しになったわけです。先説明したように、最初自分はほかのスピーカーとの距離(役職という面で)を感じ、なかなかOKを言えませんでしたが、上司の「Yiなら絶対できますよ!」の一言で勇気づけられて、「やります!」とこのオファーを受けました。

資料の準備は3か月ぐらいかかって、ネタ探しからデータの整理、分析、ディスカッションなど一通りを経て、やっとプレゼンの1か月前に資料が形になりました。そのあと、数百人の前で日本語で発表するのは今まで経験したことがないので、自分の中ではものすごく緊張感があって、一生懸命プレゼンの姿勢や発音、テンポなどの練習を重ねました。

資料は自分が念入りに作ったこともあり、プレゼンの内容はすんなり頭の中に入っていました。あとは、デモを見せながら、自分の言葉で分かりやすく伝えることです。先輩の同僚、家族、みんな私の練習相手にさせられて、私の日本語を直してくれました。

今考えると、その時自分が本当に「絶対失敗できない!」と必死でしたね。そのモチベーションは、会社の一大イベントでトップクラスのリーダーたちと並んでプレゼンをすること自体に失敗が許されないことと、このようなチャンスは1回しか訪れてこないことを自覚していたからだと思います。

プレゼンの当日、私は予想通りめちゃくちゃ緊張して、自分の番になるまで、何も考えられず、手も足も冷汗で冷たかったです。隣に座っていたプレゼンのベテランの執行役員に、ステージに上ったら上がらないコツを聞いたら、「下に座っている人の頭を全部ジャガイモと考えれば、緊張しなくなります」と心強い言葉をいただきました。

ステージに上がる瞬間がきました。やはり緊張して、音楽より0.5秒早かったことで、イベント会社のスタッフに注意されました。ステージに立った瞬間、緊張のピークに迎えます・・・突然、自分の口から「大家好!」という言葉が飛び出てました。さらに「很高兴大家今天能够来到这里!」という中国語も会場内で響きまわりました。あっ!まさか緊張のあまり中国語でプレゼンをやり通すつもり?!おそらく、下で私のプレゼンを見守っている同僚たちがみんなそう疑いました(実際、事後の会話で半分の人はそう思ったらしいです)。

でも、不思議なことに、この2つの中国語を話した後に、私の沸点に達していた頭がスーッと冷えて、冷静にプレゼン内容に集中できるようになりました。しかも、自分が意識的に、会場全員の「じゃがいも」に目線を配りながら、なるべく笑顔を浮かべるつもり(実際そう見えたかどうかは別として)でゆっくりと話しを進めることができました。

プレゼンが終わって、ステージから降り仲間のグループに戻った時に、みんなの笑顔と拍手からホッとしたとともに、「やったー!」の声を自分の心の中で聞こえました。

数日後、このカンファレンスの各プレゼンのアンケート結果が発表され、6セッションのうち、自分のセッションの点数が一番高かったです!5段階評価のうち、平均4.2でした。

このことは、No pain no gainということを教われ、実際体験してみた一例でしょう。ベテランのスピーカーたちは誰も3か月もかけて資料を作り込み、さらに1か月をかけてプレゼンの練習をするなんかはしませんでした。私は自信がないから、失敗することを心配だから、必死に頑張ってきました。

中国人として、このプレゼンテーションのストーリーは、今までの仕事経験の中で最も誇り高く感じた出来事だったかもしれません。

2008年もあとわずか

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時間が経つのが本当に早い。3、4年前に2008年の北京オリンピックを考えた時に、少し夢を見ていたような気持ちが今でも鮮明に覚えています。だけど、気がつくと、北京オリンピックがもう終わり、2008年も残り1か月しかありません!

だいたい一年の今頃、頭の中でこの一年間を振り返ってみたりします。過ぎ去った11か月の中で、何か新しいことにチャレンジしたか、仕事に満足しているか、(十分)遊んだか、趣味と言えることをやったか、新しい友達ができたか・・・・などなど、そう考えて初めて自分がいろいろやったな、充実した日々を過ごしていたなと気づきます。

今日は初めての記事なので、時間も遅いし、ここまでで終わりにします。

次回、2008年の記念すべきことについて書いてみたいと思います。

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